高校3年の修学旅行。
私は早朝、長崎の船の出入りが良く見える高台のグラバー邸近くを歩いていました。
近くには女子校生の姿が。
前日の夜の食事の後、私と学友はバスの中で知り合った別のクラスの女子生徒と旅館の部屋で楽しい会話をしていました。
学年に1クラスしか無い家政学科のこの女性達は、普通科の女性に無い優しさと奥ゆかしさが有りました。
その夜意気投合した私たちは、翌日の早朝の散策の約束をしたのです。
長崎の綺麗な景色やグラバー邸の建物を横目に見ながら歩きました。
忘れられない思い出です。
当時私はビートルズのジョージ・ハリスン「 While my guitar gently weeps. 」
をよく聴いていました。
何年か経ってからふとこの曲を聴く機会がありました。
すると佐世保のグラバー邸の散策のイメージが音楽とともに突然目の前に浮かんできたのです。
それ以降何年経っても、その曲を聴くと当時の情景が浮かんで胸がキュンとなるのです。
2014年1月「パーソナル・ソング」というドキュメンタリー映画が公開されました。
音楽療法によって認知症の人々に劇的な変化をもたらしたドキュメンタリー映画です。
アメリカのソーシャルワーカーのダン・コーエンは、かつてIT業界で働いていたとき
「思い入れのある歌(=パーソナル・ソング)」を聴けば、音楽の記憶とともに何かを思い出すのではないかと思いつきます。
実験は始めてすぐに効果を発揮。
長年認知症を患い、娘の名前も思い出せずふさぎこんでいた黒人男性のヘンリーは、好きだったゴスペル曲を聴いた途端
スイッチが入ったように音楽に合わせて陽気に歌いだし周囲を驚かせます。
音楽を止めたあとも饒舌になり、音楽の素晴らしさや仕事のこと、家族のことを次々に語りだします。
そして多くの患者たちにも劇的な反応が表れたのです。
音楽によって引き出される記憶はとても鮮明で、強いイメージを伴うものです。
音楽は様々な刺激の中でも、特に記憶との結びつきが強固なものと言えます。
音楽と記憶との結びつきが強い理由は、脳の構造にあります。
音楽は当然音ですので、聴覚を刺激します。
そして聴覚への刺激は脳の中でも「大脳辺縁系」と呼ばれる部位に伝達されるのですが
その際に記憶を司る部位である「海馬」にも多くの刺激が与えられるのです。
音楽を聞くと聴覚に関わる分野だけでなく、同時に記憶に関わる分野も刺激を受けているのです。
記憶の中にはその時に覚えた感情まで記録されていて
音楽を用いて記憶を鮮明に引き出すことで当時の感情まで再現することができます。
実験によって、楽しかった時に聞いていた音楽を聞くことによって脳内に快楽を感じる物質である
「セロトニン」が分泌されることが確認されました。
人間の脳は、一度覚えたものを忘れ、もう一度それを思い出そうとするときに
より記憶が刻み込まれるようにできています。
記憶は『思い出せば思い出すほど、強く刻まれる』のです。
美しい記憶もイヤな記憶も、最初は同じレベルで脳の中に記録されています。
ところが人間の脳はうまくできていて、嫌な記憶には意識的に抑制がかかり、思い出しにくくなっているのです。
一方、美しい記憶は思い出すこと自体が快感です。
その結果、美しい記憶ばかりを思い出しやすくなり、そのたびに都合よく変化させながらまた脳に格納されるのです。
こうして嫌な記憶の方はほとんど思い出されず、美しい思い出だけがどんどん美化されていくのです。
かくして、私の修学旅行は美化されて脳裏に刻まれ、ジョージ・ハリソンの曲を聴くたびに思い出されるようになったのです。
どうです、皆さんも似たような経験はありませんか?