NHK特集で分かった最新情報
25歳で80歳代の骨量
「骨粗しょう症」といえば、閉経後の女性やお年寄りの病気と誤解されがちです。
しかし、男性や20代の若者であってもかかる可能性がある病気なんです。
今回番組で取材されたのは、自転車選手として全米選手権でも準優勝したブレイク・コールドウェルさん、33歳。
日常生活での軽い転倒で大腿骨を骨折し、念のためにと受けた骨量検査で、重度の骨粗しょう症が発覚しました。
25歳で80歳代の骨量しかありませんでした。
なぜ健康な若者が骨量減少に陥ったのか?
その理由として考えられるのが、「スクレロスチン」という「骨の細胞が出す物質」の異常発生です。
コールドウェルさんの主治医、ポール・ミラー医師は「骨粗しょう症は高齢者だけの病気ではありません。
若く健康なのに骨粗しょう症を発症する患者も多く、その場合
スクレロスチンの大発生が原因となっている可能性が高いのです。」と語っています。
骨の作り替えの仕組み
「スクレロスチン」の正体を知るために、まず私たちの骨の作り替えの仕組みについて見ていきましょう。
骨は常に作り替えられていて、大人では3~5年で全身の骨が入れ替わります。
新しく強い骨を維持することで、疲労骨折などを防ぐためです。
この作り替えを行っているのが、骨の中にいる細胞、骨を壊す「破骨細胞」と骨を作る「骨芽細胞」です。
この二種類の細胞の作り替えのバランスが崩れて起きるのが「骨粗しょう症」です。
では細胞たちはどうやってバランスをとっているのか?
実は、作り替えのペースを指示する、いわば建設現場監督となる細胞がいます。
「骨細胞」です。骨細胞は「メッセージ物質」といわれる特別な物質によって作り替えの指示を出します。
その内容は「骨を作ろう!」「骨を壊そう!」など。
スクレロスチンは、骨細胞が出すこのメッセージ物質の一つで「骨を作るのをやめよう!」というちょっと変わった内容のメッセージです。
骨細胞は骨の量が増えすぎないように、スクレロスチンによって、骨を作る「骨芽細胞」の数を減らします。
ところがスクレロスチンが出過ぎてしまうと、骨量が減ってしまうのです。
なぜそんな異常事態が起きるのか。
実は骨細胞には「骨にかかる衝撃を感知する」という働きもあり、衝撃があるかないかによって、新しい骨を作るペースを決めているのです。
骨に「衝撃」がかからない生活を続けていると、骨細胞が「スクレロスチン」をたくさん出して、骨芽細胞の数を減らし
骨の建設を休憩させてしまうことが、最新の研究でわかっています。
つまり運動をしないで一日の大半を座って生活している現代人は、スクレロスチンが大発生し
知らないうちに骨粗しょう症が進行している可能性があるのです。
骨の建設が滞り、骨粗しょう症になると骨折しやすくなります。
たとえば大腿骨を骨折すると、歩行の自由を奪われ、寝たきりになってしまう高齢者も多くいます。
しかし骨量減少で本当に怖いのは骨折ではありません。
「若さを生み出すメッセージ物質」が途絶えてしまうことだと研究者たちは指摘しています。
アメリカ、コロンビア大学のジェラール・カーセンティ博士は、骨の出すメッセージ物質の専門家です。
カーセンティ博士が注目しているのが「骨芽細胞」が出すメッセージ物質「オステオカルシン」。
オステオカルシンは骨の中から血管を通じて全身に届けられ
「記憶力」「筋力」さらには「生殖力」まで若く保つ力があることがわかっています。
例えばオステオカルシンがないマウスでは、位置を記憶する能力が衰えたり
精子の数が半分近くまで減少してしまうことが実験で確認されています。
骨芽細胞といえば、骨を作る細胞。
その細胞が、若さを生み出す驚きのパワーを持っていることが、最新の研究で明らかになっているのです。
ドイツ、ウルム大学のハームット・ガイガー博士が注目しているのは
骨芽細胞が出す別のメッセージ物質「オステオポンチン」です。
ガイガー博士は、年老いたマウスの骨髄内では「オステオポンチン」の数が少なくなっていることに着目し
老化現象との関わりについて研究しています。
そしてオステオポンチンが減少すると、骨髄内で生まれる免疫細胞の量が低下することをつきとめました。
免疫細胞の量が減れば、免疫力が下がり、肺炎やがんといった病を引き起こすリスクがあります。
オステオポンチンは骨芽細胞だけではなく、ほかの細胞からも出され、環境が変わると逆に老化を進めてしまうという研究もあります。
ガイガー博士は「オステオポンチンは新しい研究分野。
老化による免疫力の低下のメカニズムを説明する物質として注目している。」と語っています。
骨細胞に十分な刺激をかけない生活を続けることのリスクは骨量不足だけではなく
骨芽細胞が発するメッセージ物質の減少によって全身老化を進めてしまうことなのです。
骨芽細胞を活性化し、骨量減少を食い止める方法として、今、大手製薬会社はメッセージ物質「スクレロスチン」のコントロールに注目しています。
スクレロスチンを人工的に抑制する、骨粗しょう症治療薬の開発です。
しかし薬に頼らず、運動によってもスクレロスチンの値をコントロールできることがわかっています。
アメリカ、ミズーリ大学のパメラ・ヒントン博士は、骨量が少ない
骨粗しょう症予備群の男性38人(20代~50代)に週3回30分、ジャンプ運動と、筋トレを続けてもらい、骨に刺激を与え続けました。
すると一年後、38人中36人の骨量が上昇し、さらにスクレロスチンの値が減少していました。
骨量は25歳くらいを過ぎると、加齢のために減少していきますが、それでも意識的に運動で骨に刺激を与えると
スクレロスチンの値が下がり、骨量を上げることができるのです。
骨芽細胞が活性化すれば、若さを生み出すメッセージ物質のパワーで、体全体の機能を若く健康に保つ事も期待できます。
骨は単なる棒っきれではなく、活動的に動く体を、メッセージ物質によって応援してくれる、そんな仕組みを備えた立派な臓器なのです。